検索してみると、
子どもには少し難しい記事や、
何かを買わせるためのサイトばかりが出てきた、と
娘が教えてくれました。
宿題や調べものをきっかけに、
学校のタブレットを使って、
自分で検索することが増えてきた頃のことです。
今は、検索すれば何でも出てくるけれど、
その中から
「これは読む」
「これは一度立ち止まる」
そう選ぶのは、案外むずかしい。
その画面を一緒に見ながら、
どう検索すればいいか、
どう情報を見分ければいいか、
本当は言葉にしてあげたかった。
でも、うまく言えなかった。
情報が多すぎるこの時代で、
親の私も、
どこまでが正しくて、
どこからが広告なのか、
はっきり線を引けているわけじゃない。
AIや検索が身近になった今、
子どもが触れる情報は、
大人の私が思っている以上に複雑になっている。
その前で、
すぐに答えを渡せなかった自分に、
少し悔しさを感じました。
AIが怖かったわけじゃない。
新しい技術そのものよりも、
この情報の海で、
子どもにどう寄り添えばいいのか
自信を持って言えなかったことが、
引っかかっていたのだと思います。
教えられなくてもいい。
正解を持っていなくてもいい。
でも、一緒に立ち止まる親ではいたい。
そんなふうに、
自分の立ち位置を考え直した出来事でした。

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